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CBC 中部日本放送

中部日本放送株式会社(CHUBU-NIPPON BROADCASTING CO., LTD.、略称:CBC)は、日本の認定放送持株会社であり、本社は愛知県名古屋市中区新栄に位置しています。名古屋市に本社を置く放送事業者の中で唯一、名古屋証券取引所プレミア市場に単独上場している企業です。1951年9月1日に日本で最初の民間ラジオ放送局として開局し、日本の民間放送の草分け的存在となりました。1956年12月1日にはテレビジョン放送を開始し、ラジオ・テレビ兼営局となりました。系列新聞社は中日新聞社であり、社名も創立当時の中部日本新聞社に因んでいます。

CBCの設立は1950年に中部日本新聞社(現:中日新聞社)が名古屋商工会議所や中部地方の財界と連携して進めました。松坂屋の社長を務めた第16代伊藤次郎左衛門(伊藤祐茲)が設立発起人総代に就任し、当時松坂屋の副社長であった佐々部晩穂が初代社長に就任しました。佐々部は1941年に伊藤銀行の副社長として、伊藤銀行と愛知銀行、名古屋銀行の3行を合併して東海銀行(現:三菱UFJ銀行)を発足させた経緯がありました。中部日本放送創立事務局の実行委員会には中部日本新聞社、松坂屋、東海銀行、中部電力、東邦瓦斯、名古屋鉄道、豊田自動織機が参加しました。
2013年4月1日、ラジオ部門がCBCラジオへ、2014年4月1日にはテレビ部門がCBCテレビへ分社化され、認定放送持株会社となりました。これはキー局以外の地方局では初の試みでした。また、ロサンゼルスに海外支局を設けており、現在の支局長は尾関淳哉です。
CBCの歴史は1945年12月25日の第1回発起人会に始まり、1946年1月22日に放送局開設の免許申請が行われました。1949年12月15日には中部日本新聞社内に創立事務局が設置され、1950年12月15日に中部日本放送株式会社が設立されました。1951年4月21日には電波監理委員会よりラジオ放送の予備免許が交付され、8月17日に試験電波を発射、8月27日にラジオ放送の本免許が交付されました。そして9月1日午前6時30分、日本初の民間放送としてラジオの本放送を開始しました。
1952年には民間放送初の大相撲中継を放送し、1953年には松下電器産業提供のラジオ番組『歌のない歌謡曲』を放送開始しました。1956年12月1日には名古屋初の民間テレビ局としてテレビ放送を開始し、日本テレビ・ラジオ東京とのクロスネットでスタートしました。1958年にはテレビニュースネットワークに関する協定を締結し、1959年にはJNN協定を締結しました。
1960年代にはカラーテレビ放送の免許を取得し、1964年9月1日にカラーテレビ本放送を開始しました。1965年には長寿ラジオ音楽番組『カトレヤミュージック』が放送開始され、1966年には視聴者参加型テレビ番組『どんぐり音楽会』が放送開始されました。1967年には視聴者参加型のカラー放送によるテレビ番組『天才クイズ』が放送開始され、1969年にはCBC放送会館火災が発生しました。
1970年代にはAMラジオ出力を50kWに増強し、ラジオの周波数を変更しました。1978年にはAMラジオの周波数を1053kHzに変更し、ラジオ送信所を現在地に移転しました。1980年代には若年層向けラジオ夜ワイド番組『小堀勝啓のわ!Wide とにかく今夜がパラダイス』が放送開始され、テレビの音声多重放送を本放送に変更しました。
このように、中部日本放送株式会社は日本初の民間放送局としての歴史を持ち、ラジオ・テレビの両面で多くの革新的な取り組みを行ってきました。現在も名古屋を拠点に、地域に根ざした放送事業を展開し続けています。

アナウンサー・気象予報士